2014年9月14日日曜日

韓国滞在記①

9/2

朝:岡山
朝イチで父の運転する車で岡山空港まで送ってもらう。これまで何度か海外には行っているが、いつも成田か羽田を使ってて地方空港は初めて。空港ビルがこぢんまりとしている。喫煙所で周りの話に耳を傾けてみると、旅行客よりも仕事で使っている人のほうが多い印象。それもスーツ着たビジネスマンではなくエンジニアふうの人が多い。4〜5人規模の社員旅行みたいな一団も。

昼前:金浦
大韓航空の旅客機に乗り一時間半くらいでソウル金浦空港に着く。機内食はオニギリとスナック菓子だった。到着後いったん喫煙所で一服。灰皿に濡らした紙を敷いているのを見て、ああ韓国に来たなと思う。他の国ではこの方法を見たことない。事前にメールでもらっていた案内に従い高速バスに乗る。運賃は1万ウォン。ホテル近くのバス停で降りキョロキョロしていたら話しかけてくる女性がおり、それが前からメールでやりとりをしていた相手だと知る。なぜか男性だと思い込んでいたので驚いてしまった。名前だけで性別を判断できるほどまだ韓国の言葉や習慣を知らない。その女性、スウォンさんにホテルまで連れて行ってもらう。

昼:ホテル
チェックインを済ませたあと、今回の企画について簡単な説明を受ける。日本人演出家と中国人演出家、そして韓国人演出家が意見を交換しあうミーティングが何度かあり、そのほとんどがクローズドでカジュアルなものなので、ネットやフライヤーなどで告知がされているわけではない。スケジュールを見るといろんな場所を歩くことになっているので、一種のツアーのような感じかもしれない。

午後:美術館
夕方の顔合わせまで時間があったので地下鉄に乗って移動、市立美術館に展示を観に行く。トーキョーワンダーサイトで知り合った米田知子さんや田村友一郎さんも出展している。田村さんの展示は実際に江戸時代に起きた事件を題材としたもので、マジっぽい部分と単なる駄洒落だろみたいな部分、相反する要素を丁寧な仕上げでまとめていた。前に都現美で観た時も思ったけど、田村さんの作品鑑賞はすごくヘンテコなもので、事前に作家が考えたことはそれこそ思いつきや駄洒落レベルのように思えるのに、実際の作品はひじょうに丁寧に作られる(専門の職人の手だったり高性能な機材なども利用される)ので、自分が何を観ているのかよくわからなくなるし、「作家の言いたいこと」なども割とどうでもよくなるというか、すーっと透明になって消えていくような感じがする。観たという感覚だけが残り、何を観たかはおぼろげにしか憶えてないような、いや、インスタレーションの細部は結構憶えているんだけど、そういった記憶を寄せ集めても作品鑑賞経験を組み立てにくいというか。



夕方:食事
夕方にホテルで再集合すると中国からの参加者、趙川さんも到着していた。上海を拠点とする演出家で、数々の文学賞も得ている理論派の方。といっても彼の地で活動を続けていることからもわかる通り実践にも長けている。高田馬場プロトシアターでの上演歴もある。

趙さんの通訳であるヒジョンさんも合流しタクシーで会合場所の韓国料理屋へ。彼女は大学で中国文学史、特に元朝時代を専攻していたそうだ。中国文学といえば史記や論語など古典のメジャーどころ、三国志(演義)や水滸伝などのエンタメ、そして後漢末〜唐代の詩くらいしか知らなかったし、そもそも元というとモンゴルのイメージが強かったので虚を衝かれた感がある。そういえば数年前に読んだ「アジア史概説」に、勇猛な夷狄が中央を駆逐し王朝を乗っ取っとる→しかし文化の面から中原の文化に染まり貴族化していく→最初に戻る、なんて記述があったのを思い出した。

天気が悪かったせいか、少し遅れていたメンバーも三々五々とあつまり一座は賑やかとなった。韓国からの参加者であるジェヨプさんも来られ、これで全員集合。他に今回の企画を仕切ってるマックス・アッシェンブレナーや、Yohangza Theatreのヤンさんなど(韓国の人達の名前が姓だけだったり名だけだったりするのだがご勘弁、現地で呼んでいた名前をそのまま書きます)。

韓国語は当然ながら英語も割と駄目なので、込み入った会話には混じれず、でもそれなりに話を合わせつつ宴を乗り切る。

夜:鑑賞
8時から料理屋のすぐそばにある劇場、というかアートスペース「Art Sonje Center」で上演されるパフォーマンスをみんなで観る。アムステルダム在住の韓国人作家Kim Sunghwan演出による作品。1時間位だったか。入場前にカバンはもちろん、携帯電話やメモ帳などもロッカーに入れるよう支持を受け、これは非常に繊細な內容なのかもしれないと思ったが、実際そんな感じだったような、それほどナイーブでもなかったというか、でもこの辺りの塩梅は上演する地域で一般的な観劇マナーなども考慮して決められているだろうし、こちらからはなんとも言えない。いくつか面白いシーンがあったけど、言葉の問題もあり全てを汲むことはできなかった。といってもそれほど台詞が飛び交う內容でもなかったのだけど。

会場を出ると雨が強くなっている。ヒジョンさんが捕まえたタクシーに乗ってホテルに戻り就寝。

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9/3

朝:市内散策
10時前にロビーで集合し、ジェヨプさんの案内で市内中心部を歩く。まず市庁舎前広場に。昨年はここで搬入を上演したときは「ハイソウルフェスティバル」開催中だったので大きなステージセットなど組んであったが、いまはセウォル号の事故を発端とする市民運動の拠点のひとつとなっていて、シンボルである黄色いリボンがいたるところに結ばれている。


しばらく歩いて光化門前広場まで来る。ここも拠点となっており、市民による占拠が続いている。参加者は様々で、事故で亡くなられた方々の遺族もいれば、これを機に声を上げたアーティストのグループなどもいる。幾つかのテントが並び、それぞれのテントでそれぞれのグループが座り込みを続けているそうだ。今年5月にタイのバンコクで見た抗議デモ(テント)のことを思い出しながら見て回った。

デモ自体とても大事なことだと思うのだが、個人的に興味があるのはテントなどの構造物。大抵の場合、その土地々々で最も安価で、最も耐久性があり、そしていざとなれば即座に撤収〜そして再構築できる構法が採用されている。

光化門前では、まず貨物用のプラスチック製パレットを下に敷きその上にアルミフレームのテントを掛けるスタイルが一般的のようだ。庇からナイロン紐を飛ばして隣のテントと連結したり、地面に打ち込んだアンカーボルトに固定したりして飛散を防ぐ。昨夜雨だったせいかビニール製カーテンを垂らして土嚢で抑えているテントも散見される。屋根から張り出している黒い網はタイでも使われていた。日差し避けだと思う。









セウォル号沈没事故は、事後処理に手間取った政府や企業への批判も含む大きな市民運動を引き起こしている。そこでは死者の鎮魂も現政府への抗議も黄色いリボンのもと一つの力として統合されている。ほんらいは異質な両者を一緒くたにしていいのかという疑問は一緒に歩いたとある韓国人からも聞いたし自分もそう思うが、イシューごとへと運動を解体するのは困難、というか無理だろう。そういうもんだろう。シンボルがそれをなさしめるのか、種々の力がシンボルを求めるのか。とにかく至る所に黄色が舞っている。